イカちゃんの「嗚呼、不器用人生」

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初めましての方も、よく知っている方も、みなさんごきげんイカが?

ヤらなイカ?というイカにもふざけた名前のWEBメディアを始めてしまいました。

生きるの下手」では他に右に出るものがいない、イカ子です!

そんな私の不器用人生を振り返りつつ、自己紹介をかましていきます!長いよ!!

※イカてぃやんの基本情報

※去年のハロウィン、ファミチキ先輩との2ショット

1992年8月13日「メロン」と「財政破綻」で有名な北海道夕張市生まれ、関西育ちの26歳女性です。

「タコ」ではなく、「イカ」です。「イカ」と名乗っていますがたぶん人間です。

大波あり小波あり、ハイアンドローな学生時代を乗り越え、新卒でテレビ制作会社に就職。

テレビ制作現場(奴隷)を数ヶ月で退職後、映画宣伝のアシスタントや下北沢でのバーテンダーなどを経て、

東京の某企業でWEBデザイナーとして働いていましたが、今は大阪の西成に住んでいます(後述)

独自の物事への感性」「運と引きの強さ」「どん底から何度でも這い上がるしぶとさ」は負けません!

性格と趣味・特技など

【性格】

・日本酒を2合飲んで、やっと人とまともに喋れる低コミュ力の持ち主。主にネットが生息地。

・酒は普通より強め。人に迷惑をかけない程度に、美しく飲むのが流儀。

・やばい人が好きです。だけど、非常識なレベルの人は、距離置きます。

・貫禄はあり(いつも年齢+5歳ぐらいには見られる)

・いつも何かをたくらんでる。

 

【趣味・特技】

・お笑い、YouTube

・パワースポット巡り(御朱印帳持参)

・都市伝説、宗教、裏社会などのサブカルチャー

・BLはたしなむ程度に好きです

・絵は上手くないが、お絵かきはできます。くっだらないものを描くのが好きです。

・岡崎体育(最&高)

夢は「ホームレス」な、幼少時代

※私にだって、かわいい幼少期はありました

幼少期の夢は、なななんと、ホームレスでした。

マンションの共有部分にダンボールでお家を作って「ここが私のいえだ〜〜!!」と主張し、数時間ほど住んでは、大人に怒られ撤去させられ、また別の日に作り…という感じでした笑

そんな私だから、ねちっこい女子派閥が肌に合わず、学校の休み時間は男子と校庭で鬼ごっこ、放課後は一輪車やなわとびで校庭を爆走する日々でした。あと、バレーボールや卓球や陸上も嗜んでいました、一応。

おかげさまで、男子にも負けず劣らずのバネと走力が身につき、「カモシカ」と一部では呼ばれていた(という噂)

闇の中学生時代、だが「ネット」と「陸上」に救われた

私には死にたいぐらい苦しかった時期が今まで3回ほどありますが、その1つ目が中学時代です。

中学では陸上部に所属し、100mと走り幅跳びを専門にしていました。

学校では負けなし、大きな大会に出場すると、学校で唯一上位大会に出場できるぐらいの結果は残しておりました。

だけど、それをよく思わない部の同級生から、妬まれて嫌がらせを受けていました。

私にとって部活は苦痛でしかありませんでした。

そして、同じようにクラスでも居場所はなく、

ガリガリで気持ち悪い。あれで走れるの?ありえないよね〜

生きてる価値あるの?

など心無い言葉を目の前で吐かれ、私はそれをじっと耐えていました。

毎日ネットで「自殺 方法」と検索しては死にたい、消えたいと考えるぐらい、自分のことが嫌いでしたが、不思議と不登校にはなりませんでした。

「陸上」が何より大好きだったから。逃げちゃ負けだと思ったから。

そして、もう一つ私にとっての救いがありました。それは、「ネットの世界

学校でのストレス発散に、当時バズっていた「MAPLE STORY」というオンラインゲームにハマっていました。

※出てくるキャラクターが可愛い。

部活から帰ると、すぐにログインし何時間もゲームの世界に没頭。

ゲーム内での友達もでき、唯一無二の居場所に(ちなみに、当時ゲーム上で彼氏までいたリア充だった笑)

この良さを他の人にも伝えたい!と思い、自分でゲームの情報サイトを開設。

そのサイト制作の過程で「WEB制作」に目覚めました。

独学でHTML,CSSや画像加工ソフト、アフィリエイトの方法を学び、

中学生にして広告収入を得る「アフィリエイターキッズ」に。

(当時未成年だったので、親に承認を得て名義を貸してもらっていました。)

ゲームの他にも、フラッシュ動画(恋のマイアヒとかが有名)を見漁ったり、2ちゃんねるにも入り浸り、「ネットこそが私のホーム」でした。

高校時代。大好きな陸上に携わるため関東の大学を受験

勉強は大嫌いでしたが、第一志望だった公立高校に進学。

制服が割と自由だったり、芸術系の学科があったりと特殊な学校だったため、個性的な仲間に囲まれた学生生活を送ります。

今まで出会った友人の中で一番ヤバい感性の持ち主「のんちゃん」との出会いもこの高校時代。のちに交通事故で神様になってしまうのですが、この子がいなかったら、今の私はなかったです。いや、マジで。

もちろん陸上も続けました。テキトーだけどかなりの実績の持ち主の顧問の下、のびのびと楽しく走っておりました。

この頃はお笑いにどハマりし、野性爆弾さんのキチガイすぎる笑いや、

オードリーさんのオールナイトニッポンが「私の青春」でした。

元気はつらつ大学時代。だが、引きこもりに。

進路選択の際、より高いレベルで陸上競技に関わり続けたいと思い、関東の大学を志望。

1年の浪人生活を送るが、全滅。結局滑り込みで受かった京都の大学に進学。

大学では、オープンキャンパスの企画運営団体やクラスのサポート団体に入り活動しておりました(意識高い系に聞こえるが決してそうではない)。

オープンキャンパスの企画用に「漫才」のシナリオを書いたり、手作りのふなっしーの衣装で文化祭を盛り上げたりと、自分を表現できるようになったのもこの頃。

しかし2年生になると、父親の会社が倒産しかけて学費が払えなくなり、退学の危機に。

バイトを掛け持ちして学費を払いつつ、片道2時間かけて大学まで通いながら、様々な活動やって、と毎日が戦いでした。

 

無理が積み重なり、2014年3月、身体に異変が。

ストレスで持病のアトピーが爆発し、全身血だらけ傷だらけに。それに伴い自律神経をぶっ壊す。

そして、半年間寝たきりの引きこもり生活を送ることに。動くこともままならず、髪の毛も少しずつ抜けてきて、家から出るということを考えるだけで冷や汗が止まらない状態でした。「こんな状態で、生きる意味あるのかな」と、地獄の沼の底まで見た気がします。

沼の底からの復活。人を楽しませるコンテンツを作りたい。

終わらない地獄の中で私を救ってくれたものがありました。それはテレビ番組やYouTubeなどの「映像コンテンツ

テレビでは芸人さんがバカやっているのを見て、漏らしそうになるぐらいゲラゲラと笑えたし、

YouTubeでは、まだ駆け出しの頃の「はじめしゃちょー」の動画を、内容を覚えるぐらい何度も見ていました。

(今では日本のトップYouTuberになってしまいましたね。同い年なのにすごい。)

動画を見ていると、どん底だった気持ちが楽になり、「外の世界に出ないと」という想いが湧いて来ました。

薬や食事療法と「笑い療法」で病気はだんだんと良くなり、半年後ようやく自分一人のチカラで外出できるように。

長い間親や医者以外と関わらないと「ここがお外の世界か…。ひとがおおい…(驚)!!」とプチ浦島太郎状態になりました(ガチ)

そして、大学にも無事復帰。半年間も間が空くと「何で大学来れないの?」と離れた人も居たけど、私にとって外に出れることだけで喜びだったので、何てことなかったです。

(その当時、ずっと復帰を待っててくれた友人達には今でも頭が上がりません。本当にありがとう。)

▼このエピソードの詳細についてはコチラ記事で

半年間引きこもりをやって、世界はどう変わったのか?①

 

私みたいな辛い思いをしている人々に、笑いの力で元気を与えるコンテンツを作りたい」と。エンタメ業界に絞って就職活動し、テレビ制作の世界に進むことに。

テレビAD時代。気持ちだけじゃ続けられない。

大学の卒業式の次の日から早速、某局のバラエティ番組に配属され、アシスタントディレクターとして働きました。

番組的にも、やりたいジャンル的にも希望通りだった為、かなり気合いを入れて臨みました。

 

あぁ、奴隷制度ってこの時代にまだあったんだ…」と悟り、4ヶ月ほどで会社をやめました。

正しい判断だったと思います。過労死のニュースが流れる度、人ごとだと思えません。

▼どれだけ壮絶だったのかはこちらの記事を参考に(一言では語れない闇深

テレビADの仕事の実態~ブラック編~【きつい、眠れない、メンヘラ化】

猪突猛進なり。イカちゃんin下北沢

会社を退職した翌日、「次何しよっか。。。」と下北沢のバー「BUDOKAN」にてやさぐれて飲んでいました。

その時のバーテンのたかたんさんという方に「いっそここで働かせてくれ!」と無茶を言った結果、すぐにオーナーを呼んでくれて顔合わせし、翌日から系列の東京DOMEというバーで働くことに。

のちに気づきますが、この出会いは偶然ではなく必然だったのかもしれません。(このエピソードもまた今度、詳しく)

こちらでは「下北沢」という素晴らしくもありクセモノだらけの街のことを勉強させていただきました。世間にはいろんな人がいるねぇ〜。

※下北沢駅より徒歩5分ぐらい。劇場と併設して、小さなバーが立ち並んでいる。

西成の女として生きる

その後、なんやかんや紆余曲折あって西成に住みはじめました。

▼その紆余曲折はこちらの記事にまとめています

【運命の進路変更は強引に】西成に住むことになった女の話【前代未聞ホームレスバーなど】

西成紹介やディープスポットに突撃するYouTube「突撃ルポ芸人 イカ子」のチャンネルを運営したり、WEBデザインやらライターやらでいろんな所から収入を得ながら、酒を楽しみに生きています。

あと、イベントを企画したり出演したりちょっぴり芸人ぽいこともやっています。

メディア設立のきっかけは、「カレー屋」と「ドブ女」

※下ネタ苦手な方はこの章はスルーしてね。

私は少し前までとある「カレー屋」さんに想いを寄せていました。

一緒に誕生日を祝って頂いたり、お食事も行ったり、一緒に部屋で映画を観たり。

いわゆるその方は30歳で恋愛経験があまりない純粋?な青年でした(その時はそう思ってた)

知人からの勧めもあり、だんだんと周りが見えなくなる程好きになっていました。

しかし、人間として粗末に扱われるような出来事があり、「あれ、この人って…大丈夫?」と疑いを持ちだしました。最終的には一方的に連絡を遮断され、この恋は終わりを迎えました。

1ヶ月後、そのカレー屋の関係者から衝撃の事実を聞き、おったまげました。

私が気持ちを封印する少し前、

道端で酔いつぶれて寝ていた行きずりの女性を持ち帰り、そのままお付き合いをして毎日性に溺れているという事を知りました。(都会怖すぎぃぃ。今までの反動っておそろしすぎぃぃぃ。)

相手の女性を知らないので、あまりこう言った表現はよろしくないですが、

「ドブ女」に負けたというぶつけどころがない怒りと、

常識の範疇を超えた行動を取ったカレー屋への気持ち悪さと、

自分の人の見る目のなさへの後悔の念など

心の底からいろんな感情が湧いて来ました。

 

そして、ブチンと何かが弾けました。

「空前絶後のォォ〜〜〜!」

イメージとして、自分の中にいる「サンシャイン池崎的な何か」が雄叫びを上げて、脳天をぶち破った感じ。(この表現が一番しっくりくる)

「その胸糞悪い思い、何かを始める時のパワーに使おうぜ!イェーーーーーーイ!ジャスティス!!」

そう、池崎が叫んだのです。

※イメージ

こうして、背中を押され、兼ねてからやりたかった「WEBメディア」を勢いで設立しました。

だいぶえげつない思いはしたし、恋愛は未だにこじらせてはいますが、結果的にメディアを作る勢いに変えられてラッキーでした。

※こちらのお話の詳細は闇が深すぎるので、また別の機会にご紹介しますね(はぁと

このメディアで何を「ヤる」の?

このサイトのタイトル「ヤらなイカ?」誘惑している訳では決してありません。

これまでの26年間の経験から、「世のあらゆるヒト・コト・モノに対する本質を見抜く力がまだまだ足らん!!」と強く反省しました。だから、「私は世の中のフィールドワーク」をヤり始めます。

私は小心者だし、色気も特筆したスキルもありません。だけど、「ヤればできる」のです。

このメディアでの発信を通じて、不器用ながらも奮闘しているイカちゃんの姿を見せれたらと思います。

(少しぶっちゃけると「お前ヤるなぁ〜。できる子やなぁ!」と言われたいのです。今まであまり言われたことないから。満たせ承認欲求←)

 

どうか、暖かく見守ってください。そして、時にはケツを叩いてください。

そして、このメディアを読者の方と一緒に育てていきたい。

まずは、今まで人生の洗い出しのためにも、過去の経験メインに書いていきます。

まだまだネタは豊富にありますので、さらけ出しやす!!

 

もしよければ、シェア&コメントをお願いします。

めっちゃくちゃモチベーションになりますので!

 

9 Comments

ikanohimono

ありがと〜!!ポプテピッピックの代理店さんねw←
これからもおもろいネタ更新するので見てね〜〈:3 彡

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ハマダミホ

めっちゃ読みやすい。飽きない。どんどん読みたくなる!
次回期待高まる!

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匿名

すごくすごく波乱万丈というか自分にはないとてもカラフルな人生で読み込んでしまいました!笑
読みやすくてイラストもかわいくて次も楽しみにしてまーす!

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ikanohimono

ありがとうございます!
カラフルとは初めて言われましたっw
こんなヘタ絵ヘタ文章でよければ、これからも楽しんで行ってください〜!〈:3 彡

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カレー大好き

最高のサイトですねえ!
エピソード面白イカさんのタフさには頭が下がります。

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ikanohimono

コメントありがとうございまし〈:3 彡
私もカレー好きです!甘口限定ですが。笑

ゲリラ的に始めたメディアですが、ちょくちょく更新するのでよろしくです!
タフさやしぶとさでは、私はそんじょそこらの人には負けませんので!これからも頑張ります!〈:3 彡

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佐藤寿成

こんばんは
今日午後2時頃かな?、三角公園で生イカちゃんを見かけました。
女性と一緒にいて、その後燃えよドラゴンのコスプレ?の人と話してましたね。
声をかけられずに失礼しました。
すもう大会ご覧になられましたか?盛り上がっていました。
昨年12月、今年3、5月と今日から3泊で西成を散策しようかと栃木から来ました。
きっかけは井上青龍(せいりゅう)の「釜ヶ崎」という1985年発行の写真集です。
1960年代後半を撮影したものですが、これを見る限りでは近付きがたい場所と認識されます。この写真集、古本屋で20万と言われて購入を断念しました。
だったら自分で見てこよう、撮影してこようと思って現在に至るです。
ちょっと拍子抜けした部分は正直あります。
ただ突発的に何かをしでかしそうな人が居ないとは言い切れないと感じます。
私は52歳、イカちゃんの親に近いかと思います。
かつてのイメージしか無いと娘に行くなと言うのは当然かと。
今の西成を知ったとしても娘には興味をもってほしくないと思うかな。
親も興味を持つようになれば理解をしてくれるのかなと思いますが根気がいるかも知れませんね。
私は見守って行くしかありませんが。
天王寺のホテルから朝4時起きで毎朝向かうつもりです。
職安の窓口が開いていて行列が出来るのが見てみたい、撮影したいのですが、この時期どうなのか。天気も心配です。

若い人の言葉や行動がわからない部分は有りますが、イカちゃんの記事を楽しみにしたいます。

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