半年間引きこもりをやって、世界はどう変わったのか?①

Pocket

ごきげんイカが?イカちゃんですくコ:彡

自己紹介の記事でも書いたように、私は2014年3月〜8月、大学3年生の前期に半年間の引きこもり生活を送っていました。

 

イカちゃんの「嗚呼、不器用人生」

そもそもこのメディアは

「“面白がって”伝えることで、辛さをも吹っ飛ばす」

というスタンスで運営しています。

 

そして、今回引きこもりの件を記事にしようとしてみたものの、

「重すぎて記事にできるかな…」と尻込みしてしまいました。

 

自分にとって「一番のどん底の時期」を掘り返すのは勇気が要ります。

だけど、「晒すことで何かが変わるのでは

という自分の中の想いを尊重し、晒す決心をいたしました。

むかしのケータイを引きずり出したら、当時の悲惨な写真も残っていたので、

それらと一緒に、真面目かつ時々ボケを入れながらご紹介していきたいと思います✌︎(‘ω’)✌︎

 

世間と隔離された引きこもり期間を経て、「世界はどう変わったのか

そもそも、なぜ私が引きこもりになってしまったのか

ズバリ「大学2年生が波乱過ぎて、そのストレスが溜まって爆発したから」です。

具体的に、どんなことが起こってたかといいますと

①父の会社が倒産しかけて、退学の危機に

父親が経営する小さな会社が財政難により、学費の納入が不可能になってしまいました。

確かこの時は、教務課で泣きながら謝り続けて、学費支払いの期限を何とか伸ばしてもらった覚えがあります。

そして、自分で足りない学費を稼ぐため、串かつ屋と立ち呑み屋を掛け持ちして深夜までバイト。

当時兵庫の実家に住んでいた私は、京都の大学まで片道2時間かけて通っていたので、

電車の中で寝て足りない睡眠を足して、大学に行く…といった生活を繰り返していたので、毎日ボロボロでした。

②所属していた団体の人間関係

忙しい中、「オープンキャンパスの運営団体」と「後輩のクラス運営」の2つの活動をやっていました。
両方とも活動自体はやりがいもあったし楽しかったのですが、周囲の人間関係に悩まされていました。

本来まとめないといけない立場の人間同士がお付き合いして、団体の輪を乱していたり等々

「割といい大人がそんなことするんだ・・・」と言う出来事になぜか巻き込まれていました。

わたしは当時、トガりにトガりまくってたので、

「先輩がそんなザマじゃ、後輩の見本にならないだろ!!」

「いい大人がそんなことして、恥ずかしくないのか!!!ちゃんとしロ〜〜!!」

「このハゲーーーー!!違うダローーーー!」これは言ってない

などと、重すぎる「正義感」を振りかざして、先輩後輩構わずブチギレていました。

(なかなかワイルドだろぉ)

③当時付き合っていた人が、私の友達と浮気

バイトに活動に通学に、彼氏と会う時間も少なくなった結果、いつの間にか私の友達と浮気して付き合っていました。

私が見る目がなさ過ぎたのかもしれませんが、自分のことしか考えられていない「最低ゲス男」だったのかなぁと思います(-“-)
この事件から4年半も経ちますが、未だに男性不信を極めており(最近ではカレー事件もあり)、彼氏が全くできません。泣

 

【求む】イカちゃんの傷を癒してくれる、包容力たっぷりの男子✌︎(‘ω’)✌︎

そして、引きこもりに。。。

ストレスが溜まりまくってアトピーで全身傷だらけになって、2014年の3月にぶっ倒れました。

身体を動かすと悲鳴を上げてしまうほど、傷が痛むため、

最初の1ヶ月ぐらいはほとんどベッドから出れませんでした。

シーツを見ると血だらけトイレに行くのも命がけで、食事は寝ながら母に食べさせてもらう要介護状態に。

その状態はまるで「生きた屍」でした

特に「顔」が傷だらけになってしまったのは、女性として辛かったです。

鏡を見ると「化け物」のような姿の自分が映っていました

「こんな状態で生きている意味あるのかな?」

「痛いし、苦しい、消えてしまいたい」

「もう死んだほうがマシだ‥‥」

その苦しさは、「地獄の沼の底を舐めろ」と言われたようなものだった。

(なかなか表現がむずかしいけど)

こんなにもみすぼらしい姿であることを、誰にも知られたくない

やがて、LINEやメールなどの連絡も返せなくなってしまいました。

私は親と病院以外の世間との関わりが、なくなってしまいました。

アトピー以外にも、私を襲った症状の数々

楽しいことが好きな21歳の女子大生から、化け物への転落。

傷は全く治る気配がなく、風呂に入るたび傷が染みて泣き叫んでいました。

そして、アトピー以外にも様々な症状が次々と身体を襲いました。

①髪が抜けてくる

シャンプーをすると、普通より5倍ぐらいの量の髪が抜けてきて、髪の毛はスカスカになりました。

特にてっぺんは、500円ハゲのような状態に

※当時の写真。すごくわかり辛いけど、明らかにてっぺんからハゲてきてたのです。。

 

②生理が止まる

ストレスにより、生理が5ヶ月ほど止まってしまいました。

もう女じゃない「本当の化け物」になってしまったのか。

と、ただただ悲しかったです。

 

③冷や汗が止まらない

「外に出る」ということを考えるだけで、冷や汗が止まりません。

唯一の外出である「病院に行く」というミッションが大変でした。

扇風機にしがみつき、冷や汗としばらく格闘。

車に乗るまで1時間→病院に着いてから、車を出るまで30分以上かかる為、

時間にかなりの余裕を持って行動せねばなりませんでした。

 

④どん底な気分が続き、メンタルが崩壊する

気分がずっと憂鬱で、メンタルが崩壊しました。

常に不安に襲われ、涙はずっと垂れ流しで、何もやる気が湧かない状態に。

かかりつけのお医者さんに相談して「レキソタン」「メイラックス」という抗不安剤を処方していただき、服用してました。

 

⑤不眠になる

寝るとさらに血だらけになっているんじゃないかという恐怖から、寝れなくなってしまいました。

アモバン」という睡眠導入剤も追加でお医者さんに処方してもらいました。

お薬を飲むと、服用してから15分ほどで眠気がきて、30分程度で睡眠状態になれます(すげぇ)

本当に辛い時は、素直に、現代の医学にお世話になるべきですね。。。

地獄に差し込んだ、希望の光

引きこもり開始から2ヶ月目、ベッドからようやく出ることに成功。

とはいえ、ほとんど動けないしやることもないので、

リビングでテレビ番組や、パソコンでYouTubeをずっと見ていました。

他に何かをする気力もないので、映像を垂れ流してボーっとしている毎日が続きます。

最初は、何を見ても感情が湧きませんでした。ただの暇つぶしでしかありませんでした。

 

けれど段々と、テレビでバカやっている芸人さんを見て、漏らしそうになるぐらいゲラゲラと笑えてくるし、

YouTubeでは、まだ駆け出しの大学生YouTuber「はじめしゃちょ」の動画を見て楽しめるようになってきました。

今ほどYouTuberがメジャーではなかったその当時、同世代の大学生がくだらないことを全力で取り組んでいる姿を見て、

この子は視聴者を楽しませようと、こんなにも身体を張って頑張っているんだ。私もこんなところでくすぶっている場合じゃない」と前向きな気持ちになれました。

ちなみに、この時期の食事はどうしてたのかと言いますと、

両親は共働きで日中は家におらず、自分で作ることはもちろん厳しいので

週1回家まで配達してくれる「生協さん」を利用していました。

 

好きなものを外に買いに行けない引きこもり状態でも、パソコンでポチっと注文すれば

毎週火曜日に家の玄関の前に届けてくれます(神!)

冷凍食品などは簡単に調理できるので、身体がバキバキの私には非常に助かりました。

しっかし、現代の冷凍食品ってなぜあんなに美味しいのでしょうか!レンチンするだけなのに!

特にお気に入りは「ちまき」や「小籠包」でした。

冷凍侮れませんよね、日本の技術はすげぇ。

 

 じわじわと傷が治ってくる

気持ちがだんだんと前向きになったこともあり、治療にも積極的になってきました。

医師と協力して、薬や食事療法と「笑い療法」で症状はじわじわとですが、良くなってきました。

寝ているときに爪で傷を引っ掻かないように、指にガーゼを巻いたりと自分なりの工夫も重ねました。

外出クエストはじまる

引きこもりから約6ヶ月、もう世間は8月、夏です。

傷も治って来て、顔もマスクをすれば違和感ないぐらいになってきました。

そして、ふと一人で「外に出よう」と勇気が湧いて来ました。

 

病院には行ってたけど、親に介護されながらだったので、「一人」で外出するのは半年ぶりです。

まず、家の近くのコンビニまで歩いてみることに。

家から一歩出た瞬間、半年前とは全く違う世界が見えました。

「引きこもり」からようやく「自力で外出」できるようになった確実に「大きな一歩」でした。

とにかく全てが新鮮なのです!セミの声も、私の外出を祝っているように思えましたw

 

いざ歩くと、体力が落ちに落ちまくっていたので、コンビニに行く数百メートルの距離でもゼェゼェいっておりました。

だから「次回は駅の近所まで行ってみよう」と、

外出できる距離をだんだんと伸ばして、リハビリを重ねていきました。

 

そして、外出4回目ぐらいでやっと、一人で電車に乗って、大阪の梅田に上陸。

久しぶりに梅田の地に降り立った瞬間は、涙でまえが見えない・・・ってのは言い過ぎだけども、

いよいよここまで来れるようになったんだ!」としんみり感動しました。

 

ちなみに、自力で外出の第1食目は「小籠包」をいただきました。

店で食べる、冷凍じゃない「小籠包」はまた格別でした。

引きこもり期間を経て、どのように自分の中の世界が変わったのか

まず、「ささいなことが幸せ」と感じるようになりました。

外でご飯を食べれて嬉しい

髪の毛もフサフサだし、オシャレがいっぱいできる!

そもそも、こうやって生きていることが奇跡\(^o^)/ファーーー‼︎

地獄の沼の底」を一度見た人間の思想は、こうなりました(笑)

 

最近辛いなぁと感じたら、この引きこもり時代を思い出すようにしています。

そうすると、不思議と全てのことに感謝できるから。

そして、今。イカちゃんは悟る

学生時代のいじめや、テレビ制作現場でのパワハラな日々、そして引きこもりを経験して、

辛いことはゲームみたいに「面白がる」ことができたら勝ちなんじゃないかと悟りました。

(イカはまだ25年しか生きてないのに、悟りの境地に到達ですw)

 

例えば、自分を「イカクエスト」というゲームの主人公だと思えば、なんだか楽しいじゃないですか。

ゲームでも波乱万丈の方が、ミッションをクリアした時の達成感が大きくないですか!?

そんな感じの超ぶっ飛び思考になりました。

 

死ぬ瞬間に「辛かったこといっぱいあったけども、あれはあれで面白かったなぁ」私は、そうやって思える人生でありたいです。。。

結論&まとめ

結論&まとめに入りたいところですが

この話まだまだ続きがあります。というかここからがミソなのです。

なんと、「ヤらなイカ?」初の2部作(偉そうな表現やなぁ)

 

今回の記事では「私の中の世界」はどう変わったか?を書きましたが

私以外の世界はどう変わったのか?を、書いていきたいと思います。

「私を待っててくれた人々」「私を見捨てた人々」「ゼミの恩師のお言葉」

全ての人間くささが詰まってます。

 

みなさん、涙で前が見えなくなる準備はできてますか〜?(ハードルは上げてナンボなんぼ。笑)

 

「半年間引きこもりをやって、世界はどう変わったか?②」

明日、1/28(日)公開です!(頑張るよ)しばしお待ちを!!!

(1日遅れましたすみません)

最後まで読んでくれた方、ありがとうございます!

良かったら、シェア&コメント、SNSのフォローよろしくお願いします!

 

追記:次の記事はこちらです。

半年間病気で引きこもりをやって、世界はどう変わったか?②

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。